

星になったチロルの物語
新しいものを創り出す事ができる力を持つトリスタンは、星が一番奇麗なその夜に息を引き取った。
傍らには読みかけの分厚い本と、月の光をいっぱいに浴びたハーブティー。
ハーブティーは手がつけられておらず、その静寂さを物語るかのように蝋燭で揺らめくティーカップの影は重かった。
分厚い本のタイトルは 『星になったチロル』
物語の主人公チロルが姿をオオカミに変えられ、人間の姿に戻るために必要な 『マゼランの涙』 を手に入れる為にアンドロメダ星雲を渡り歩く冒険活劇である。
その物語は主人公チロルが、悪い魔法使いによって姿をオオカミに変えられるシーンから始まる。
チロルはもともと心優しい少年であったが、とある事故で両親を失くし叔母の元へ引き取られた。
そこから、月日は流れ、純情で心優しいチロルはいつしか悪い友達とつるむようになり荒んでいったのだ。
大好きだった漫画も、アニメ音楽も、チーズタルトも食べなくなった。
ただ、首から下げた銀のロケットだけは片時も離さずにいた。
それはチロルがまだ、純粋な少年の泉を完全に澱ませてはいない唯一の証拠であったのだ。
ある日、チロルが立ち入り禁止の森へと遊びに出掛けた時の事、うっそうと茂る木々の隙間から不気味な声が聞こえた。
耳を澄ますと、ダミ声だがはっきりとその言葉は聞き取れた。
『黒いブーツを履いてはいけない、黒いブーツを履くと悪魔がやって来る…』
ふと足元を見た…
チロルの靴は、唯一の父の形見であるブカブカの黒いブーツだったのである。
彼は夢を見た…
白い馬にまたがり、悪人を次々と倒す英雄 「狼紳士」 の夢を。
しかしその夢の結末はいかんともし難いものであった。
狼紳士は悪人を次々に倒すうち、いつの間にか処刑人として恐れられていったのである。
そして英雄はいつしか恐怖の象徴とされ、それを知った狼紳士は人里離れた山奥でひっそりと暮らすようになった。
何年たっただろうか… 今では月の光をいっぱいに浴びたハーブティーと分厚い本だけが彼の心のよりどころとなってしまったのである。